アグレッシブな冬眠生活?早稲田MBAを終えてますます冬眠?

おいしい空気吸って、空を見上げて、街並みを眺めて…そんなゆとりから何かが生まれる気がしています。そして人との出会いも・・・全てがPrecious、です。早稲田MBAでその想いを再実感・・・そんな日々感じた出来事を書いてみます。

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母の初舞台。

 いつも私事を書いているブログですが、今日はそのなかでも本当な私事。
 ちょっと湿っぽいかもしれませんがご容赦下さい。
 
 今日は母の初舞台。
 紙芝居です。紙芝居って・・・あの昔ながらのお菓子を買ってみる、あの紙芝居です。

 うちの母は、若かりし頃かなり自慢の母でした。
 中学では「ミス○○中」だったらしいし、兄を生んだ後私が生まれる直前まで着物のモデルとして雑誌にもよく出ていたし。
 その写真の母は、自分の親ながら本当に美しすぎて、なぜ自分は父親似なのかと恨んだものでした。
 参観日ではみんなから「だえみのお母さん、きれい?」といつもいわれて鼻高々だった。
 そんな美しい母は、しかもけっこう行動的でした。
 いつもたくさんの友達に囲まれその輪の真ん中にいたし、同窓会の幹事を一生懸命やっていたり、母校のボランティアバザーなどでも積極的に活躍していた。
 私たち子供が大きくなってくると、趣味としてポプリやらハーブやらをかなり初期(90年くらい?)から学び、講師の免状を取ったりもしていた。
 うん、非の打ち所のない女性でしたね、母は。
 
 こんな母なので、子供にもとても厳しかった。
 要求水準がすごく高くて・・・
 だから、完璧な母で自慢であったけど、ちょっと恐くもあった気がする。
 そのせいか、高校時代からその要求水準についていけなくなり、母が望む道とあえて違う道を進むようになる。
 大学も、学部も、母が望む所とは全く違うところを選んでしまった。
 その後の就職も、働き方も。
 ・・・そういう私を、母はがっかりしながらみていたような気がする。
 仲はずっと良かったけれど、どこか心にある罪悪感。それと残る反発心。

 こういう状況が大きくかわる出来事が起こる。
 今から10年前。
 父が病で倒れ、「死」という恐怖と向き合わなくてはならなくなった。
 そういう状況に家族がショックを受けて半年弱。
 今度は母が倒れた。
 あまりにも急激に、あっけなく。
 そこから2年半、むしろ父よりも母の方が壮絶な闘病生活を送ることに。

 2年半、いつも病院ばかり行っていた。
 ある時は、早朝に父の病院、会社に行って昼休みに母の病院、また戻って夜中まで仕事・・・なんて生活をおくっていた。
 こういうときは、つらいもしんどいもなく、何かを考えるゆとりもなく、ひたすら祈っていた気がする。

 2年半たってから、少しずつ母は回復していった。本当に少しずつだけど。
 けど、それからしばらくして、父はまた病に倒れ、そして星になった。

 父と母が病に倒れて以降、以前のようなまとまった活動をしていなかった母が、3年位前から朗読教室にかよいだした。
 そしてその朗読に役立つだろうと取り組みだしたのが紙芝居。
 それも、なぜだかいきなり、プロになるための紙芝居スクール東京生に応募し、200名位受けた中から見事合格(年齢が女性では一番上だったとか。あたりまえですが・・)。
 その後も声をつぶすほどの猛特訓を続け、見事シルバーという称号(人前で紙芝居ができるランク)を得たのでした。
 はじめは、正直なんかやってる?位にしか思っていなかったけど、ここまで真剣にやる母に、昔の母が戻ってきたな・・・と不思議な気持ちになっていた気がする。
 
 そんな母、今日が初舞台。
 ひとつ(昼間)は母校の同窓会。
 もうひとつは、夕方に六本木で開かれた、師匠「ヤッサン」の紙芝居の前座です。

 同窓会はさすがに行けないですが、六本木の初舞台に行ってきました。
 2時間弱の会のうち、10分位。
 演目は、紙芝居の王道、「黄金バット」。
 あ、ちゃんと名前があるんです。「ひでんか」って言うんです(笑)

     IMG_0447.jpg

 見ながら、目頭が熱くなりました。
 
 10年前、我が親ながらこれから大丈夫か、生きていけるのかと心配し、絶望し・・・その母が、人に何かを伝えようと声を発し、表現している姿は、とても感慨深く、心を打たれました。
 熱く語りすぎて、ふつうの紙芝居師よりもちょっと動作が大きかったり、セリフがひっかかったり、紙芝居がめくれすぎたり・・・本当にスタートラインに立ったばっかりだったけど、でも、これでいいんだ、と思いました。

 自分の修論で「ストレッチの重要性」を主張しているのですが、その際、そのストレッチのチャンスを「いち早く=最初のチャンスで」能動的につかむことが重要、と書きました。
 でも、その「最初のチャンス」、その最初をどう取るかは人それぞれだし、企業であれば、その最初のチャンスは創業80年くらいってこともあるのかもしれない、って思っていました。

 うちの母も間違いなくストレッチしていました。
 病気からの復帰後、いち早く自らチャンスをつかんで。
 年齢は70が近づいているくらいだけど、でも最初のチャンスをものにした。能動的に。
 
 我が母ながら、心から尊敬し、うれしく思いました。

 ・・・そして、感慨に浸っているだけじゃだめなんです。
 母に負けていられません!
 私も「ひでんか」の娘として、負けないようにストレッチしていこう!・・・そうおもった日でした。

 追伸:
  紙芝居は、奥が深いです。
  徹底的に右脳を使います。
  右脳を鍛える本が結構出ていますが、紙芝居でもそれに匹敵するほど右脳をきたえられそうです。
  それこそ、黄金バットのような昔ながらの紙芝居から、四コマ紙芝居、言葉のない紙芝居。
  教育に必要な要素を入れ込んだ紙芝居など・・・本当に様々です。
  学校でも、老人ホームでも、関西地域では寺院でも、さまざまなところで今も行われています。
  みなさんも目にしたら、ぜひ見てみて下さい!
 
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