アグレッシブな冬眠生活?早稲田MBAを終えてますます冬眠?

おいしい空気吸って、空を見上げて、街並みを眺めて…そんなゆとりから何かが生まれる気がしています。そして人との出会いも・・・全てがPrecious、です。早稲田MBAでその想いを再実感・・・そんな日々感じた出来事を書いてみます。

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お好み焼き文化を広げる=売上増のオタフクソース?

 オタフクソースさんでいいな、と思ったこと。
 それは、商品そのものを売るというよりも、お好み焼き文化を広げるというスタンスを徹底していること。

 たとえば、お好み焼き教室をやっています。
 私が行ったときは、地元の中学校の科学部の男の子10人位。
 彼らに、オタフクソースの社員さんが丁寧に作り方を教えています。
 ある一定数のグループであればこういう教室をしてくださるそうです。

 また、お好み焼き屋さんを開業したい人向けの教室もあるそうです。
 1日コース、3日コースなど。
 作り方はもちろん、原価計算とか開業までのスケジュールとかまで丁寧に教えてくれるのです。

 さらにさらに社内でお好み焼士制度があります。
 お好み焼きの普及には社員がお好み焼きの知識や技術を習得する必要があるという考えから、こういう資格制度をやっているそうです。
 マイスター(金)はまだ1人、コーディネーター(銀)が50人位だそう。
 さっきの研修での講師ややお客様へ振る舞えるのはコーディネーター以上だけとけっこう厳しい・・・
 ちなみに、マイスターは、お好み焼き館の館長だそうですよ!
 ※この資格をもっている社員は色の付いたヘラのバッジをつけておられます!
 こういう活動を促進するために、毎月「お好み焼きを焼く日」もあって、社員がみんなで集まって焼いているそうです(笑)

 ほかにも、部署のひとつに「お好み焼き課」というのがあって、その課の方達がお好み焼きの普及のためキャラバン隊みたいな感じで幼稚園や養護施設、老人ホームなどに訪問したりもしているそうです。

 お好み焼きの圧倒的トップメーカーだからこそできるんですよね。
 お好み焼き文化を広げる=企業の売上増につながる、っていうながれ。

 広島市にお好み焼き屋は1000軒(ほんとに??)。
 うちオタフクソースのシェアは7割だそうです。
 圧倒的ですよね。
 いまや世界に輸出されてますし・・・
 (余談ですが、広島のキャベツ消費量は日本トップクラスとか・・・お好み焼き効果??)

 でも、東北などではまだお好み焼きを食べたことがないという人が結構いるそうです。
 お米文化が進んでいる地域だからかな?と社員の方はおっしゃっていましたが。
 まだまだお好み焼き文化開拓の余地あり、ということですね!

 こういう文化を広げること=おいしい物をみんなに食べてもらおうという取り組みが自社の売上に繋がるといういい循環は企業としてはとても健全だと思います。
 もちろん、そのためには絶えずいい商品づくりや品質管理などが欠かせないですけどね。
 そこを徹底してやっておられるオタフクソースさんはさすがです!

 最後に、余談ですが、東京で食べる広島風お好み焼き(大概の場合)と広島で食べるものには大きな違いが2つあるそうです。
 
 まず第一にそば。
 東京の焼きそばは大概「蒸し」てありますよね。
 でも広島のは「ゆで」なんだそう。
 ちょっとびっくりです。
 しかも、「お好み焼きそば」というものが存在します。
 4つのメーカー位で出ているそうで、大きなスーパーにはうっているらしい・・・

 もうひとつはもやし。
 東京のもやしは太くて短いけど、広島のは細くて長い。
 広島には両方のもやしが売っているそうですが、東京にはめったに細くて長いもやしはないですものね。
 
 この2つの違いは味にもけっこうな影響があるとか・・・
 
 そう考えると、広島で食べるお好み焼きそのものをつくるのは難しいけど、せっかくおみやげも頂いたことだし、一度広島風お好み焼きも作ってみたいと思います!

 あ?企業にいくと学びがたくさんある。
 アンテナがたくさん立つ。
 そして、学ぶだけでなくちゃんと企業さんに何かを返したい・・・と思う。

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お好み焼き文化を広げる=売上増のオタフクソース?

 出張で広島へ行ってきました。
 今の部署はけっこう出張が多いのですが、残念ながらあまり企業さんとお会いする機会はありません・・・
 まあ、事業部門ではなくて、総括部門なので・・・

 ですが、今回はあのお好みソースのオタフクソースさんを訪問する機会に恵まれました。
 オタフクソースさんは我が組織の事業のヘビーユーザーさんであり、厳しいご意見も含め本音を言ってくださるとてもありがたい企業さんです。

   IMG_0494.jpg

 本来の目的は訪問や工場見学ではないのと、実は自分の組織のトップと一緒だったので、ゆっくり見ることはできなかったのですが、でも工場見学大好きの私としてはとてもありがたい機会・・・

 まずはお好み焼き館WoodEggへ。
 お好み焼きの歴史を学ぶことができます。

   IMG_0486.jpg

 昭和34年当時のお好み焼き屋さんは駄菓子屋さんとかと一緒の店でやっているケースが多かったそう。
 戦争でだんなさまを亡くされた奥さまが家でもできるように・・・とのこと。
 
 あと、屋台もたくさん並んでいて、それは男性がやっていることが多かったそうです。
 毎日夕方組み立てて、終わったら解体して・・・これは男性にしかできないから。
 この屋台のお店が続いて、今の店舗になっているところもけっこうあるそうです。
 あの有名な「みっちゃん」なんかもそうだそうです。

 そもそも、広島でお好み焼きがたくさん作られるようになったのは、広島は製鉄が盛んな地域(マツダもあるし、戦艦大和もつくられた場所です)で、戦後まもなく鉄板のようなものがたくさん入手できる環境にあったから・・・と言われているそうです。

 で、肝心のお好みソース。
 これは、最初お店ではウスターソースにケチャップを混ぜていた(ウスターソースだとさらさらしていてたれるのでケチャップを入れて甘みととろみを出したそう)らしいのですが、その代替としてお酢やさんだったオタフクソースさんが今のようなどろどろしたソースを作ったのだそう。
 このソース・・・どんな成分でできているのかというと・・・

   IMG_0507_convert_20100727230627.jpg

 トマトやタマネギをはじめ、こんなにたくさんの野菜が。
 特にポイントになるのは、「デーツ」。
 西洋なつめやしです。
 これが独特の味わいをだしているのだそう。

 昨年からデーツの割合をそれまでより増やしたりと、味も変化しているそうですよ。

 シナモンやクローブなどの香辛料も20種類入っているそう。
 黒こしょうもくるくる回すスリ機でわざわざ摺って香りをだいじにしているそうです。

 あとあと余談ですが日本にあるいろいろなお好み焼きについても説明があり。
 新潟にはミートソースお好み焼き。
 あとどこか忘れましたがラーメンの汁の中にお好み焼き(焼きそば)。
 お好み焼きソース汁のなかにお好み焼き(焼きそば)。
 いろいろあるんですね・・・
 そして、ありましたよ!!

   IMG_0505_convert_20100727231006.jpg

 遠州のお好み焼きです!たくあん入り?
 やっぱり、認知されているんですね、なんだかうれしいです。

 そして工場見学にも行ってきました。
 1時間に9000本も作っているそうです?
 充填から箱詰めまではたった5分。
 ほぼ完全な機械化ですね?大きな食品工場に行くと、人が少ないと感じるのですが今回もそうでした。

 お好みソースは70度で容器に入れるそう。
 保存料などを一切使っていないので、容器をしっかり密閉するのですが、そうするとなかで発酵するのでふたを開けたときに中身が飛び出さないよう、今はクリーンルームの中で充填しているんだとか。
 その他、製造年月日を分単位で記入していたり、なかなか細かいです。

 比較的オープンにいろいろと見せて頂ける工場ですし、説明もとても丁寧で親切で、とても礼儀正しい方達ばかりでとても好感が持てました!
 月に1000名位の方、夏休み時期は1700?800名の方が見学に訪れるそう。
 予約が必須ですが、広島に行かれる方はぜひ!

 それに、工場見学をすると、

IMG_0524_convert_20100727234703.jpg

 入り口で見学者の印としてこんなストラップをいただけます。
 さらにおみやげとして・・・

   IMG_0523.jpg

 無料で勉強し、見学させていただいて、さらにおみやげもばっちり。
 浜松のおみやげとして有名な春華堂のウナギパイの工場見学もおみやげ付きでとても楽しいのですが、その上をいく楽しさでした。

 でも、個人的にはほかにも学びが多かったです。
 長くなったので次のブログに書きますね。

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仲間達のHAPPY BIRTHDAY。

 先週、友達の誕生日祝いをしたのでその報告を・・・

 まずは、ブログでも書いたサムライ8仲間、たこ焼き仲間でもあるAさん。
 ちょっと遅めにはなってしまいましたがおいわいです!
 ろうそくの土台は、ケーキではなく、本人のリクエストでブルーチーズ(笑)

     IMG_0474.jpg

 そしてもう1人。
 こちらは早稲田MOTのKさん。
 Kさんとは、1つ授業が一緒だっただけなのですが、その後もご縁が続きいろいろ話すようになりました。
 ・・・Kさんが内田先生の授業をよく取っていたこととか、遠藤先生のこととかいろいろ教わったりとか。
 共通の友人がいたとか、なんだか悩むツボがけっこうあうとか・・・
 ・・・こういうことがいくつか重なって仲良くなるって、まさに学生だなあと思います(笑)
 
 この日は、Kさんの相方であるSさんと三人で西麻布のAWキッチンでごはん。
 結局終電になってしまうほどもりあがったのですが・・・
(この日は仕事の話が圧倒的に多かったですね?Sさんからとても重みのあるいいお話も聞けました。人生の先輩ってありがたいです)
 ・・・その時のおめでとうの一コマです!

     IMG_0478.jpg

 誕生日っていいですよね。
 堂々と、「おめでとう」といえる。
 「いつもありがとう」「出会えてありがとう」・・・素直にそう思える。

 みんなでお祝いしたAさんにもKさんにも、「ありがとう」をこめた「おめでとう」を。
 すばらしい1年になりますように!! 
 
   
 
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大隈塾(リーダーシップ論)、サムライ8再び結集!

 MBAで欠かせないものと言えばグループワーク。
 早稲田・・・すくなくとも私が選択した講義は必ずしもグループワークは多かった訳ではないけれど、でもそれなりの数があって。

 その中で、一番長い期間したグループワークが、なんどもブログでも登場している、三菱飛行機のMRJの市場導入戦略。
 見事優勝(三冠王!)したという結果もさることながら、仲間といろいろ真剣に議論しあえたという充実感もすてきでした。

 卒業後はじめての集まりが先日催されました・・・
 場所は、N社長行きつけのお店@新宿三丁目。

 この間最大の変化のあった、NくんとSさん(企業派遣で大隈塾に参加していたSさんは、なんと現在我等の後輩としてMBAに通学中だったりします)は、仕事の都合でぬけだせず・・・というわけで、全員参加ではなかったけれど、とても盛り上がりました。

 ほとんど勉強の話も仕事の話もなく(いいんです、たまには)、家族とか夫婦、恋愛という話で終始し・・・
 といっても、けっこう、いやかなり真剣な話題も多く・・・
 家族という存在と真剣に向き合い続けていたN社長(奥様やお子さんとのすばらしい関わり)の話を聞きながら、身近な人を大事にしないといけないなあ、と強く感じた一日でした。
 家族も、仲間も・・・自分は生かされているということを忘れてはいけませんね。

 大事であることを伝える・・・どうやって表現するんだろう・・・
 話題の中でも、夫婦や親子のあり方とか出たけど、家族はもちろんのこと人と人とが繋がっている・・・そう自然と感じあえることってなんだろう・・・なんて真剣に考えてみたりしました。
 
 いずれにしても。
 1つ1つの出会いを神様からの贈り物だと思って大事にしよう。
 そう思えた時間でした。

   IMG_0477.jpg
   ※手に注目・・・「8」の形を作っています!!

 サムライ8の次回の集まりもばっちり決まりました・・・
 次回はどんな話題になるのか、今から楽しみにしつつ、自分もそこでいろいろ話せるよう話題を仕込んでおきたいと思います!
 
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パソコン復活!

 昨日、ようやくパソコンが戻ってきました。
 iphoneがあるのでなんとか我慢できましたが、パソコンの大切さを痛感した日々。

 バックアップしやすくするために、無線でバックアップとれるようにしました!
 新しいパソコンもほしいけど・・・修理代もバカにならなかったのでゆっくり探そう・・・

 この間、ブログ更新が滞り気味でしたが、イベントもいろいろあったりしたので、ぼちぼち追いついて書いていきますね。

 とりあえず復活の感動を共有ということで・・・ 
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マイパソコンのない生活。

 ブログの頻度が下がっている理由は明確です。
 パソコンが壊れたのです・・・

 我が家には家用のパソコンが一台。
 それ以外は各自持ちなのですが、私はいつもダイニングテーブルで作業をするので、自分のノートパソコンしか使いません。
 今使っているのは東芝・ダイナブックのSSシリーズ。
 画面の大きさはそれなりにある割に、軽い(1017グラム)なのが決め手でした。
 その前に使っていたレッツノートは軽かった(940グラム)けど、小さくていつも肩こり・・・

 MBAに入学が決まって買ったので、ちょうど2年半。
 家でも、早稲田でも、出張のメモうちでも使っていたのでかなりハードに使っていたのは認めますが。
 でも、あんまり調子が良くなかった。
 シャットダウンできない時も多かったし・・・

 そして、10日前、ネットをつないでいる途中で突然画面が暗くなり。
 再起動しても立ち上がらなくなった・・・
 いろいろやったけど、だめで。

 翌朝、すぐ東芝の修理工房へ。
 しかし原因はわからず。
 預かりとなり、代替機はないとのことで、パソコンなしの生活が始まる・・・

 自宅のパソコンにメールソフトすら入れていないので、すべてネットメールだよりだし、なにより、バックアップを最新でとったのが11月末!!
 修論がらみの追い込み時期のがまったくない?
 このままデータまで飛んでいたらどうしよう・・・

 そんな状況でしたので、
 家の使い慣れていないパソコンで、慣れない場所(パソコンデスク)でブログを書く気になれず・・・
 頻度がぐっと落ちました.
 続けるのって、環境が大事。

 さて・・・結果ですが。
 幸いにも、マザーボードの故障でした。
 なので、データは無事!!とのことで。
 修理費88200円はあまりに高いけど・・・仕方ない。
 次のパソコンをのんびり探しつつ、まずは無線でバックアップ取れるようにしようと誓った。

 あ、でもまだもどってきていません・・・
 早く戻ってきて欲しいです・・・
 ブログも、ネットも、レポートも出来ない。

 頻度よくかけるまで、もう少しお待ちください。

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長年の負傷からの解放を目指して??

 さて。1週間後、再び病院にやって来ました。
 今日は、本来病院全体は休診日。にもかかわらず、この足外来のみが予約制特別診察・・・
 どんだけ患者さんが多いかが分かります。
 
 受付は13時から。
 私は今日は内田ゼミのオープンゼミがあり、参加していたので病院到着がタクシー利用で13:05。
 受付番号は11番。
 先週私が診察を受けたときに今日の予約は16人目だったから・・・20人うけていたとして真ん中あたり?
 みんな、スタートダッシュですね、やっぱり。

 結局診察を受けれたのは14:30。
 予約制でも1時間半待ちなのですね・・・
 (一応ですが、診察は13:30?15:00までのようです。どうみても遅くまでやってそう)

 で。
 先週の復習。

 外反母趾は、右16度。左12度。
 これは左はあまり気にしないでいい状態で、右が軽度の外反母趾。
 そのうち足底を作って治療しましょうとのこと。

 足首は、靭帯が消失している。
 よって関節がグラグラ。
 特に右がひどくて、足首を曲げられる角度は30度。
 左でも20度。
 ※男性は5度以下。女性でも10度以下らしいです・・・

 この状態なので、手術して人工靭帯をいれるしかないね、ということで。
 (はいはい、先週聞いたのであきらめております・・・)

 本当は8月に無理矢理でも入れたかったのですが、先生に空きはまったくなく・・・
 結局、9月2週目に入れてもらいました。
 ここを逃すと、連休前には連続して出張入りだすし、それから10月後半までは仕事が大忙しなのでとても休めないことから、お願いしていれていただきました。

 ここにいれたことにより、WBSカップ=ゴルフ大会、を断念せざるを得ないのですが・・・
 このゴルフ大会の日は、まだ入院しているよ・・・さすがに出られない。

 8月半ばに、心電図などの検査(麻酔をうつからですね)をして、手術の説明を受けることになってます。
 
 そして、足首の負担を軽減するために固定グッズを受け取りました。
 本当は両足なのですが、けっこうハードなのでなれるまでは・・・と片足だけもらいました。
 手術のあとにも使うとか。
 また、明日にでもアップします(すでに足をアイシングしており装着できないのです・・・)。

 さ、手術が決まって少しすっきりしました!
 火曜日に上司=部長に報告しないといけないのですが、今、自分の仕事環境に動きがある(このへんはまた書きます)ので、ちょっと言いにくいんですよね。
 でも、いわねば・・・

 今週はずっと風邪を引いて咳ばっかり。すごく体力を使ってきつかった・・・
 仕事もなんとか無事峠を超え(70点の出来だけど)、ほっとしています.
 今日は寝よう、とりあえず・・・
 
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長年の負傷からの解放を目指して??

 こんなわけで、あっさりと決まった手術。
 先生は手術をすすめたけれど、もちろん判断は私にゆだねられていたわけで。
 でも、よくなるための解を求めて先生の門をたたいたのに、そこで解の選択肢が1つしかない、いやひとつあるのに選ばないはずはない。

 また今週末に病院に行き、報告、今後の具体的スケジュールを決めることもあり、私が今わかっている事項は少ないんですよねえ・・

 ?片足ずつ手術する
 ?すごく悪い右足をまず手術する
 ?左もわるいので早めに手術したいところだが、頻繁に休めないのなら右足回復後の左足の負担状況を見てからでもよい
 ?入院は通常なら5日くらい。会社出社は1週間たってからじゃないときつい(痛みがかなりあるらしい)。
 ?1月たてば、だいたい軽くなら走れる
 ?1年後などに、なかのなにかをとる再手術

 大したことないといえばないですが、これを両足やる、再手術が前提となると、会社休むのも大変だし、びっこ期間も×2×2だし、けっこう大変???

 で、肝心の手術はいつ頃?って話ですが。
 これは今度行ったときに話し合うことになっています。
 
 が、わかっていることは、この病院・U先生による手術は9月までいっぱいらしい・・・
 ちょっと、人気ありすぎ。
 しかも、噂によれば、先生は1日に10件近くの手術をするときもあるとか。
 外来も週4日(病院自体が休みでもここの科だけやっているときもあるんです!)、手術日も3日あるのに、これだけの数をこなすとは・・・
 それだけ足首など足回りの負傷者がたくさんいること、その先生のすごさがわかります。
 U先生は、ほかの病院にもたのまれて手術したりしているそうなので、そっちであればもう少し早くできるかもといわれています。

 が、もう9月まではけっこう予定も入っているし、仕事も会議やら出張やらどう対応するか・・・
 
 病院に行った感想。
 ありがたいと思った・・・治る可能性を提示してもらえたから。ずっと求めていた言葉だったから。
 でも、手術というある意味一番原始的な外科的措置(もちろん一番確実なものでもあります)しかなかったんだという思い。
 それに、本当によくなるのかなあという見ぬ不安が少し。
 仕事のロス、遊びのロスなど・・・この治療に費やす時間を考えてしまう貧乏性も登場。

 とりあえず、病院に行った日はため息をたくさんついてしまいました。
 これからも、たまについてしまうかも。
 減らすためにも、U先生に的確な質問をしたり、信頼関係を深めていきたいと思います。

 痛みの軽減のため午前中だけは毎日サポーターをしつつもう少しこのままがんばります?

 また、なにか葛藤や変化があればご報告します(笑)

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長年の負傷からの解放を目指して??

 これまで私の病弱さ?は何度も書いてきているのでご存知の方は多いと思います。
 病弱な割に活動的で、実際はそうはみえないよねえ・・・というのが多くの方のご意見。

 私自身もそう思います。
 なんか、おなかが痛くなったり貧血おこしたり、ヘルニアになったりまあいろいろ具合が悪くなるんですが、なんとかこれまで乗り切ってきたし、体力ものにも対応してきたので、なんとか気力でカバーできるものだと体調については思っていました。

 でも、気力では治らないものもある。
 一つは、歯関係。
 1年ちょっと前、前歯の虫歯を繰り返してぼろぼろになってしまったので、大奮発して上の前歯6本をすべてセラミックに!!50万近くかかったし、大決断だったのですが・・・
 勉強のストレスか?寝るとき歯を食いしばってしまうので、そのかぶせた前歯に負担が・・・
 その結果、もう大変なことになっています。
 毎週歯医者に通うこと数か月・・・(半年にちかづいてきた・・)、いまだ第2ステップに進めません。進みかけては後退しを繰り返しています。
 困ったもんですねえ・・・自助がないのでどうにも・・・

 そしてもう一つ。
 私の足首。
 中学高校時代に陸上をやっていたのですが、その時にひどい捻挫をして。
 その前から軽い捻挫はしょっちゅうだったし。
 大学時代には毎年「本庄早稲田100キロハイク」なるものにでて、毎年2日で100キロ歩くという無謀なイベントに準備なしで歩いていました。
 そんな感じだったので、足首はけっこうぐらぐら不安定になっていったんですよね。

 まあ、でも、とりあえずは10キロくらいは軽く走れていたし、テニスみたいに足首に過度な負担がかかるものでなければなんとかなると思って暮らしていました。
 ヒールなんかも新入社員時代はよくはいていた。
 
 が、急激に悪くなりだしたことを実感したのは診断士の勉強をしていたころ。
 ヒールはいていると足がずきずき・・・

 さらに浜松ではヘルニアの悪化、顎関節症発症と病気続きでしたが、実は初期に広報活動で毎日履いていたヒールが途中から長時間はけなくなりスニーカー暮らしに・・・
 
 今に至っては、オーダー足底入りのスニーカーか健康シューズ(ヒールなし)しかはけなくなりました。
 結婚式とかでも、会場まではスニーカー、式の間だけヒールという悲惨な状態です。

 そして今は・・・椅子に座っているときに床に足をつけていることすらつらくなりました。
 いつも足首をだれ??っとしていたい、まあ、背伸びみたいな足とか足をねじって(つまりこれも伸ばしているってことかな)いないと落ち着かないんですね・・・
 
 これ、すごく変なことなはずなんだけど、どのくらい変なのかどれくらいひどいのかわからなかったのです。
 もちろん、これまでも何回も整形外科だったりスポーツ整形にはいきましたよ。
 でも、「きっと靭帯がすごく伸びてますね?。でも年月がたってなおらないですよ」で終わり。
 手術はスポーツマンしかしないといわれたし、西洋医学では治らないんだなあと思い込んでいました。
 
 その後にも、鍼やら整体やらもやってきました。
 鍼はむくみもへるし、痛みもそのときは軽減されていたけれど、足首のためだけに通うというところまでは・・つまり、腰とか肩こりがひどければ通うけど、足首はまあ何とか歩けるし、昔からだし・・みたいな感じだったんですね、自分でも。

 でも、今の私のかかりつけプラクターのNさんが、あるとき私の足を見て「だえみさんの足首、おかしいです。気になります」っていったんです。
 仰向けで横になっているときの私の足の様子?向き?があまりに変だったんでしょうね・・・
 1万人以上の患者さんを診てきたNさんが、この足首は変というくらいですから、やっぱり変なのかも・・とふと思いました。

 そんなことを考えている間にも足はどんどんしんどくなっていく・・・Nさんにサポーターの巻き方なども習ったのですが、サポーター自体がもうつらいくらい腫れてきて・・・
 もう、足首を人様に見せられないような状態に。
 現に、今年はレギンスですらはけなくなりました・・・(涙)

 Nさんの言葉が後押ししてくれたこともあり、もう一回根治できる道を探そうと決めました。
 ・・・で、スポーツ整形でも本当の足首の専門医とのご縁がありました。

 で、朝6時台に出て病院へ。
 「超」有名な足首医(足首の専門医なんているんですね?ありがたいです)なので、スタートダッシュが肝心なのです。
 総合病院の中の整形外科、そのなかに足専用のセンターがあるんです。
 病院についたのは7時半。結局診療が終わったのは12時近く。
 これだけスタートダッシュしても4時間半もかかったのでした・・・

 とりあえず今回はストレスをかけたレントゲン写真をとって判断。
 このストレスをその有名な専門医U先生が自らかけてくれます。なんだか安心。
 
 「すごい緩いね?」
 これがU先生が私の足に触った時の第一発言。
 レントゲンの時ですね。 
 とてもひょうひょうとしているイメージ?
 
 そして診察。
 私は外反母趾もある(角度15度だから重度ではないですが、まあまあある)のでそちらも診てもらったのですが、こちらは足底矯正などはしたほうがいいけど、ぼちぼちでいいでしょう、とのこと。

 「それよりも、早急に対応が必要なのは足首だね」
 「靭帯、これは切れてるね。もう消失している感じだなあ。この隙間はすごいね。」
 「(足首をいろいろさわって)ここも痛いね、あ、ここもだね」
 「足、ぐらんぐらんだから足首を普通にできないのはあたりまえだよ」
 「この年齢でこの状態だと、どんどん変形がひどくなって歳を重ねるとつらいね」 
 「昔に負傷してここまで来てしまっていると、保存療法でなおることはないね」
 「手術すれば今よりもかなり改善が見込めますよ」

 冷たい感じじゃない。
 やっぱりひょうひょうと的確に事実をシンプルに。

 こうして、あっさりと手術が決まりました。
 あまりにあっけなく。


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母の初舞台。

 いつも私事を書いているブログですが、今日はそのなかでも本当な私事。
 ちょっと湿っぽいかもしれませんがご容赦下さい。
 
 今日は母の初舞台。
 紙芝居です。紙芝居って・・・あの昔ながらのお菓子を買ってみる、あの紙芝居です。

 うちの母は、若かりし頃かなり自慢の母でした。
 中学では「ミス○○中」だったらしいし、兄を生んだ後私が生まれる直前まで着物のモデルとして雑誌にもよく出ていたし。
 その写真の母は、自分の親ながら本当に美しすぎて、なぜ自分は父親似なのかと恨んだものでした。
 参観日ではみんなから「だえみのお母さん、きれい?」といつもいわれて鼻高々だった。
 そんな美しい母は、しかもけっこう行動的でした。
 いつもたくさんの友達に囲まれその輪の真ん中にいたし、同窓会の幹事を一生懸命やっていたり、母校のボランティアバザーなどでも積極的に活躍していた。
 私たち子供が大きくなってくると、趣味としてポプリやらハーブやらをかなり初期(90年くらい?)から学び、講師の免状を取ったりもしていた。
 うん、非の打ち所のない女性でしたね、母は。
 
 こんな母なので、子供にもとても厳しかった。
 要求水準がすごく高くて・・・
 だから、完璧な母で自慢であったけど、ちょっと恐くもあった気がする。
 そのせいか、高校時代からその要求水準についていけなくなり、母が望む道とあえて違う道を進むようになる。
 大学も、学部も、母が望む所とは全く違うところを選んでしまった。
 その後の就職も、働き方も。
 ・・・そういう私を、母はがっかりしながらみていたような気がする。
 仲はずっと良かったけれど、どこか心にある罪悪感。それと残る反発心。

 こういう状況が大きくかわる出来事が起こる。
 今から10年前。
 父が病で倒れ、「死」という恐怖と向き合わなくてはならなくなった。
 そういう状況に家族がショックを受けて半年弱。
 今度は母が倒れた。
 あまりにも急激に、あっけなく。
 そこから2年半、むしろ父よりも母の方が壮絶な闘病生活を送ることに。

 2年半、いつも病院ばかり行っていた。
 ある時は、早朝に父の病院、会社に行って昼休みに母の病院、また戻って夜中まで仕事・・・なんて生活をおくっていた。
 こういうときは、つらいもしんどいもなく、何かを考えるゆとりもなく、ひたすら祈っていた気がする。

 2年半たってから、少しずつ母は回復していった。本当に少しずつだけど。
 けど、それからしばらくして、父はまた病に倒れ、そして星になった。

 父と母が病に倒れて以降、以前のようなまとまった活動をしていなかった母が、3年位前から朗読教室にかよいだした。
 そしてその朗読に役立つだろうと取り組みだしたのが紙芝居。
 それも、なぜだかいきなり、プロになるための紙芝居スクール東京生に応募し、200名位受けた中から見事合格(年齢が女性では一番上だったとか。あたりまえですが・・)。
 その後も声をつぶすほどの猛特訓を続け、見事シルバーという称号(人前で紙芝居ができるランク)を得たのでした。
 はじめは、正直なんかやってる?位にしか思っていなかったけど、ここまで真剣にやる母に、昔の母が戻ってきたな・・・と不思議な気持ちになっていた気がする。
 
 そんな母、今日が初舞台。
 ひとつ(昼間)は母校の同窓会。
 もうひとつは、夕方に六本木で開かれた、師匠「ヤッサン」の紙芝居の前座です。

 同窓会はさすがに行けないですが、六本木の初舞台に行ってきました。
 2時間弱の会のうち、10分位。
 演目は、紙芝居の王道、「黄金バット」。
 あ、ちゃんと名前があるんです。「ひでんか」って言うんです(笑)

     IMG_0447.jpg

 見ながら、目頭が熱くなりました。
 
 10年前、我が親ながらこれから大丈夫か、生きていけるのかと心配し、絶望し・・・その母が、人に何かを伝えようと声を発し、表現している姿は、とても感慨深く、心を打たれました。
 熱く語りすぎて、ふつうの紙芝居師よりもちょっと動作が大きかったり、セリフがひっかかったり、紙芝居がめくれすぎたり・・・本当にスタートラインに立ったばっかりだったけど、でも、これでいいんだ、と思いました。

 自分の修論で「ストレッチの重要性」を主張しているのですが、その際、そのストレッチのチャンスを「いち早く=最初のチャンスで」能動的につかむことが重要、と書きました。
 でも、その「最初のチャンス」、その最初をどう取るかは人それぞれだし、企業であれば、その最初のチャンスは創業80年くらいってこともあるのかもしれない、って思っていました。

 うちの母も間違いなくストレッチしていました。
 病気からの復帰後、いち早く自らチャンスをつかんで。
 年齢は70が近づいているくらいだけど、でも最初のチャンスをものにした。能動的に。
 
 我が母ながら、心から尊敬し、うれしく思いました。

 ・・・そして、感慨に浸っているだけじゃだめなんです。
 母に負けていられません!
 私も「ひでんか」の娘として、負けないようにストレッチしていこう!・・・そうおもった日でした。

 追伸:
  紙芝居は、奥が深いです。
  徹底的に右脳を使います。
  右脳を鍛える本が結構出ていますが、紙芝居でもそれに匹敵するほど右脳をきたえられそうです。
  それこそ、黄金バットのような昔ながらの紙芝居から、四コマ紙芝居、言葉のない紙芝居。
  教育に必要な要素を入れ込んだ紙芝居など・・・本当に様々です。
  学校でも、老人ホームでも、関西地域では寺院でも、さまざまなところで今も行われています。
  みなさんも目にしたら、ぜひ見てみて下さい!
 
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