アグレッシブな冬眠生活?早稲田MBAを終えてますます冬眠?

おいしい空気吸って、空を見上げて、街並みを眺めて…そんなゆとりから何かが生まれる気がしています。そして人との出会いも・・・全てがPrecious、です。早稲田MBAでその想いを再実感・・・そんな日々感じた出来事を書いてみます。

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仕事で痛みを感じるとき。

 仕事でベストな選択を選べなかったと反省することはよくあること。
 毎日といってもいい位・・・(なさけない)
 でも、走りながら考えて対応していることも多いので、どこかで自分のなかでココまでは大丈夫という線を引いて対応している。

 悔しいこともある。
 自分の中で譲れないと思ってあげたことは、相手に伝わらなかったとき。
 そういうときは悲しいと感じることもあるなあ。
 自分が目指していたものまでたどり着けなかったときも、やっぱり悔しい。

 もちろん怒られることもたくさんある。
 怒られたときは情けなく、悔しくなる。

 反省、情けない、悔しい、悲しい・・・こういう前向きじゃない感情(もちろん、おきあがりこぼしの私は、すぐに立ち直ってしまうんだけど)は、日々の中でまあまあある。

 でも、「痛い」っていう感覚。
 仕事の場では、仕事の人との間では実はめったにない。

 自分でも王道じゃない、一般的なビジネスルールではないと知りつつも許される行動の線引き。
 その許されると思う理由は、相手のキャパへの期待であり、自分のキャラでもあり。
 一言で言えば、過度なほど性善説の私は、きちんと伝えれば大概のことは許される・受け入れてもらえると思いこんでいる。
 そして、誤解をおそれずにいえば、許されてほしいと思うし、その方が仕事も人間関係もうまくいくとおもっている。 
 これは自分が人と接するとき、仕事をする際においても、自分のスタイルとして明確にもっているもの。

 これは裏を返すと、礼儀とか配慮とかそういう点からいうとあきらかに足りないだろうし、失礼だと思う人がたくさんいると思う。
 失礼かも知れないけど、きちんと伝えれば思いが共有できれば許されることってあるんじゃないかと私は勝手に思いこんでいる、信じている。
 ・・・結果を残して、メンバーが笑顔でよりいられるのなら、迷惑をかけない範囲での礼儀の欠如は、仁義をきればいい、私はそう思って社会人生活を送ってきた。

 この考え方、これまで2回ほど上司から厳しく指摘されたことがある。
 その時、やっぱり痛い、と思った。
 悔しいとか反省とか、悲しい、とは違う。
 痛い、としか言えない感覚。
 ・・・痛いと感じ、謙虚さを増やして、でも自分の感覚は捨てられなかった。
 そして、そのスタイルが認められたのか、あきらめられたのか、近年はまったく指摘されなくなっていた。

 数日前、指摘してくれた人は上司ではなく、仕事で最近接点のある先輩。
 仕事はとてもできるし、バランス感がよく、みんなから頼られています。そして、一番はやっぱりとことん性善説なとこがいいなーって思っていた。
 その先輩に、痛いことをいわれた。
 かなりストレートに。

 私のことをよくご存じなかたは、私が一投目は打たれ弱いのを知っていると思いますが・・
 あまりの不意打ちストレートにやられたわけで。
 正しい、正しい・・・・でも許されないことなのだろうか?頭でいろいろ考えてしまってその晩はよく眠れず。
 ずーっとこの痛みと向き合っていました。

 それで。
 まずは先輩に感謝。
 やっぱりもう一度謙虚さと配慮を考え、行動に反映する。
 その上で、自分のスタイルを信じる。

 だらだら?とブログに書いて、結論はたいしたことないのですが、「痛い」という滅多にない不思議な感覚をわすれないようにすべく書きました。
 
 そしてもう一つ、忘れないようとりあえず髪を切ってみた。
 気づく人はそんなにいないかもしれないけど、自分的には10年ぶり位の長さ。
 
 ここから、また自分のスタイルを作っていこう。

 
 
  
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仕事と人の心。

 仕事が忙しい日々が続いていました。
 今のポジションと環境上、企画や力業の運営みたいなものから本当の雑務(新人の仕事に近いようなこと)まですべてやらないといけないようなことになっていて、どんなに合理化しても時間が足りないような状況で。

 それでも、自分が課せられた大きな仕事は、それなりにまとまった形となりました。
 それは、その会議終了後の懇親会で、出席(メイン)メンバーが遅くまで楽しそうに飲んでいたことからもわかりましたし、トップからも「今回もよかったよ」とお声をかけていただきました。

 たしかに、自分が志向してきた方向は少しずつ浸透してきたと思うし、上司もその思いを理解してくれ応援してくれているし、相手にも響いている・・・そう思っていた。

 でも、でも。
 そんなに簡単ではなかったということも知った。

 自分は、相手のことを理解しようとし、相手が一番やりやすいように伝えているつもりだった。
 相手はもちろんたくさんいるから、失敗する人が出ないように、汎用性を持たせて丁寧に・・・
 
 ・・・でも、それは失敗はしないかもしれないけど、そういう風に縛られるのはいやな人もいるわけで。
 私のやり方は、失敗しそうな人をサポートできるものかもしれないけど、失敗しっこない人から見れば場合によってはとてもくだらない、えらそうなものだったりする。

 誰に対しても100%がないなんてことはわかっている。
 でも、できれば誰に対してもそれなりにハッピー、納得っていうことはできないのだろうか?
 臆病だから、傷つきやすいから、落ち込むから・・・だけではなくて、みんなが納得できるようなnarrow pathをつくることはできないのだろうか?

 それを言われたのが、私を理解してくれていると思える元上司だったからなおさら考えさせられ、落ち込んでいる今です。
 
 実はこの日、今後の自分に大きく影響することを別途言われ、これまた落ち込む種だったのですが、こっちよりも上記のほうが不思議なほど落ち込みました。
 今後の話は、なった場合に自分がどうするか、でしかないからなのかな。
 上記の話は、自分自身がゆらぐ気がする。

 こんなことを気にしても仕方がない。
 仕事がうまくいったんだからいいじゃない。
 ・・・そうだと思う。
 そして、しばらくしたら、結局開き直って自分が信じるやり方で歩き出す自分だと言うことも知っている。
 でも、やっぱり、毎回、同じところで私は揺らぎ続ける気がする。
 仕事でも、仕事じゃなくても。
 相手を思って言葉を発し行動したことが伝わってほしいと思うことは傲慢なんだろうか?
 
 どうしたら、人に伝わるんだろう。
 伝わることを信じ、願うしかないのだろうか。 
 
 悩みながら、前に進みます・・・

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たまには仕事の話。

 今の仕事の話は、ブログでも普段の仲間との会話でもあまりしないような気がします。
 会話では、愚痴とか悩みとかはいいますけど、詳しく説明しないかな。
 浜松でやっていたことと違って、ちょっと説明しにくい仕事なのかな、と自分では思っています。

 早稲田MBAに入学するべく、組織とは相当交渉して東京に戻ってきました。
 大好きな大切な浜松を出てでも、もう一度勉強しようと思った・・・それは、これから先たくさんの地域に貢献できる私になりたかったから。
 だから、東京でも、地域に貢献できることができる、現場に近いところに行きたかった・・・のですが。

 戻った先は企画部。
 
 うーん・・・・
 組織の中ではもっとも中心の部署で、よかれと思っての人事だったのでしょう。
 
 異動したときの上司は、以前仕事を一緒にしていた人でとても尊敬・信頼している方で仕事がすごくしやすかった。
 MBA受験も以前から知っていた方なので、もちろん通学の配慮、仕事面でもとても気遣ってくれました。
 その更に上の上司=部長も、私の通学を快く認めてくれました。

 環境は配慮してもらっても、実際の二足のわらじは大変でした。
 でも、それは問題ではなかった、自分でわかっていたことだし。
 
 自分にとってきつかったのは、やはり仕事が自分にとって違和感のある仕事だったこと。
 さらに、違和感のある環境がそこにあり、とても仕事がやりにくかったこと。
 それが、どんどん大きくなっていったこと。
 (抽象的ないいかたですみません。あくまで自分の感覚的なところかもですが)

 でも、2年間は、2足のわらじをさせてもらえること自体がありがたく、仕事についてえり好みできるはずもないとできるだけ目をつぶってきました。
 自分だって、正直100%の力は使えていなかった(すべきことは全部していたつもりだったけど、もっと付加価値はつけれたと思う)から。

 卒業後、希望は叶わず、仕事は変わりませんでした。
 卒業して、時間的なゆとりができたし、いろいろできる自分だと勘違いしたし、やりたかったし。
 でも、何も変化はありませんでした。
 さらに職場の違和感のある環境も変わりませんでした。
 自分の中で違和感が大きくなり、悩みました。すごくすごく悩みました。

 悩んでいる中、厳しいアドバイスをいただき、もがきました。
 もがきながら、納得はできなかったけど、無理矢理前を向くようにしました。
 少しずつ無理しなくても前が向けるようになってきたとき。
 ・・・突然変化がおとずれました。

 仕事の部署に変化があったわけではありません。
 でも、私の部署に求められるものが180度変わりました。
 それに伴い、私に求められるものが、急激に大きくなりました。
 責任だけ増えた・・・のかもしれません。

 それでも、自分的には良かった。
 自分の中で大きくなっていた違和感を自分で変革するチャンスが来たのだから。
 自分の部署に求められるものが変化したのは、自分が感じていた違和感が他の人たちにもあったのかもしれません。

 それから3ヶ月弱。
 この間には足の手術なんかもありました。
 仕事でも、いろいろな出来事が降ってきてひとつひとつを丁寧に行う余裕は申し訳ないことになかったです・・・。
 
 でも。
 求められた変化を示す機会がやってきました。
 組織でもっともトップの集まる会議。
 今回、全て自分の企画調整での運営。

 そこでは、変化ではなく、進化がみえました。
 私が、ではなく、そこにでたPJや人の進化が自然とうきあがりました。
 上手く言えないけど、これが今の私にできることだ、と思いました。

 今の部署での仕事が、自分にとってベストではないとは今も思うけれど。
 でも今の部署で、私なりに貢献できることがある。
 今はそういえるようになりました。

 トップから、今回はよかった、成長している、という言葉がでていました。
 一番辛口の役員が、私が一番力をいれた新テーマにふれ、とてもうれしい言葉を発していました。
 進化を、みんなが感じ取ってくれていました。

 トップが、帰り際に「今の仕事に意義を見出したね」と笑いながら私に声をかけていかれました。

 ・・・今でも、自分はこの仕事はむいてない=企業さんを直接サポートするほうがむいている、と思う。

 でも、自分はここで、なんらかのストレッチをしている。
 自分なりの形を、自分がいる場所で作ることができつつある。
 それが自分のやりやすい場所じゃなくても。  
 
 世の中に役にたてる自分になるためには、今のような仕事・役割もあっていいのだと思う。
 素直に思える自分がいます。

 つらいときに叱咤激励してくれた方。
 愚痴をきいてくれた仲間達。
 今回、うちの組織ではありえない機会を与えてくれ、そして全て任せてくれた方々。
 本当にありがとうございます。

 今は始まったばかり。
 自分のおぼろげな夢に向かって、修行を続けます。

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仕事でのスタンスを考える機会。

 尊敬する先輩(同じ系統の職場の先輩)との会話でのtake note。

 ?自分の上、更にその上の立場(ポスト)だったらどうするかを常に考える

  ※この言葉、内田先生の論点思考に書いてあったことを、この先輩と論点思考を見ていたときにきづいた(汗)。あと、最初の上司(それこそMETIの方だった)が私にくれたアドバイスにもこの言葉はあったなあ・・

 ?自分が得た最新情報を誰にどう入れておくか、どのような対応をするのかを日々すぐ考え、日々行動する。

  ※ある意味、仕事の基本的なこと。
   でも、公的な仕事は具体的なゴールが見えにくいので、動き方はかなり人により違うんです。
   どこまでやるのか、なにをするのか、判断基準はどこか・・。非常にむずかしい。
   それをきちんと整理して、自信をもって動ける(動き続けられている)先輩は、やっぱりすごいと思う。
   ?を絶えず考えているからこそできるのかな。

 ?自分が新たな職場に来たら、自分がそこでやりたい職場をつくり、回りをまきこんでしまう。

  ※まるで天動説のようですが・・・(笑)
   でも、回りの人たちを巻き込めるのは、ちゃんと周りも見て、それぞれの役割を与えているから。

 ?必要以上にまわりをきにしない。普通の人が行かない軸にいく。

  ※たとえば、社内留学の王道がハーバードならあえてハーバードに行かない。
   みんながアメリカならあえてヨーロッパを選ぶ。
   みんなが経営であれ政治史を専攻するとか・・・
   もちろん、自分がやりたいことをやるのですが、既存のレールからはずれたところで新たな価値をつけつつ勝負する。

   ・・・私は、このはずれるということが一番苦手。
   そもそもはずれ方がわからない。はずれてどう新たな価値を立てていいかわからない。
   
 ここの書いてあること、そうだよねってことだと思う。
 みんな、この項目のいくつかは実践していることだとも思う。
 でもこれをみんなずっと実践し続けている人は・・・そんなにいないと思う。

 私は??は3割位、?は2割位、?は全くだめ・・・
 先輩は、どれも8割位はできていると思う。もっとかもしれない。

 会うたびに、ポストがあがり、責任が増えている先輩。
 でも軸ははじめてあった8年位前と全く変わらない。
 先輩の軸は、「人を軸に物事を考える」「自分ができることを追求する」だな・・・
 
 自分の軸・・・
 自分もぶれないタイプだと言われるけど、私の軸って何だろう・・・
 ちょっと考えてみよう。

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お好み焼き文化を広げる=売上増のオタフクソース?

 オタフクソースさんでいいな、と思ったこと。
 それは、商品そのものを売るというよりも、お好み焼き文化を広げるというスタンスを徹底していること。

 たとえば、お好み焼き教室をやっています。
 私が行ったときは、地元の中学校の科学部の男の子10人位。
 彼らに、オタフクソースの社員さんが丁寧に作り方を教えています。
 ある一定数のグループであればこういう教室をしてくださるそうです。

 また、お好み焼き屋さんを開業したい人向けの教室もあるそうです。
 1日コース、3日コースなど。
 作り方はもちろん、原価計算とか開業までのスケジュールとかまで丁寧に教えてくれるのです。

 さらにさらに社内でお好み焼士制度があります。
 お好み焼きの普及には社員がお好み焼きの知識や技術を習得する必要があるという考えから、こういう資格制度をやっているそうです。
 マイスター(金)はまだ1人、コーディネーター(銀)が50人位だそう。
 さっきの研修での講師ややお客様へ振る舞えるのはコーディネーター以上だけとけっこう厳しい・・・
 ちなみに、マイスターは、お好み焼き館の館長だそうですよ!
 ※この資格をもっている社員は色の付いたヘラのバッジをつけておられます!
 こういう活動を促進するために、毎月「お好み焼きを焼く日」もあって、社員がみんなで集まって焼いているそうです(笑)

 ほかにも、部署のひとつに「お好み焼き課」というのがあって、その課の方達がお好み焼きの普及のためキャラバン隊みたいな感じで幼稚園や養護施設、老人ホームなどに訪問したりもしているそうです。

 お好み焼きの圧倒的トップメーカーだからこそできるんですよね。
 お好み焼き文化を広げる=企業の売上増につながる、っていうながれ。

 広島市にお好み焼き屋は1000軒(ほんとに??)。
 うちオタフクソースのシェアは7割だそうです。
 圧倒的ですよね。
 いまや世界に輸出されてますし・・・
 (余談ですが、広島のキャベツ消費量は日本トップクラスとか・・・お好み焼き効果??)

 でも、東北などではまだお好み焼きを食べたことがないという人が結構いるそうです。
 お米文化が進んでいる地域だからかな?と社員の方はおっしゃっていましたが。
 まだまだお好み焼き文化開拓の余地あり、ということですね!

 こういう文化を広げること=おいしい物をみんなに食べてもらおうという取り組みが自社の売上に繋がるといういい循環は企業としてはとても健全だと思います。
 もちろん、そのためには絶えずいい商品づくりや品質管理などが欠かせないですけどね。
 そこを徹底してやっておられるオタフクソースさんはさすがです!

 最後に、余談ですが、東京で食べる広島風お好み焼き(大概の場合)と広島で食べるものには大きな違いが2つあるそうです。
 
 まず第一にそば。
 東京の焼きそばは大概「蒸し」てありますよね。
 でも広島のは「ゆで」なんだそう。
 ちょっとびっくりです。
 しかも、「お好み焼きそば」というものが存在します。
 4つのメーカー位で出ているそうで、大きなスーパーにはうっているらしい・・・

 もうひとつはもやし。
 東京のもやしは太くて短いけど、広島のは細くて長い。
 広島には両方のもやしが売っているそうですが、東京にはめったに細くて長いもやしはないですものね。
 
 この2つの違いは味にもけっこうな影響があるとか・・・
 
 そう考えると、広島で食べるお好み焼きそのものをつくるのは難しいけど、せっかくおみやげも頂いたことだし、一度広島風お好み焼きも作ってみたいと思います!

 あ?企業にいくと学びがたくさんある。
 アンテナがたくさん立つ。
 そして、学ぶだけでなくちゃんと企業さんに何かを返したい・・・と思う。

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