アグレッシブな冬眠生活?早稲田MBAを終えてますます冬眠?

おいしい空気吸って、空を見上げて、街並みを眺めて…そんなゆとりから何かが生まれる気がしています。そして人との出会いも・・・全てがPrecious、です。早稲田MBAでその想いを再実感・・・そんな日々感じた出来事を書いてみます。

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東松島市でボランティア活動に参加して思うこと。

 東松島市に行ってきました。
 水戸まで車で行き、そこからボランティアバスツアーに参加しました。

 宮城や岩手は個人でボランティアにいくには車がないと不便で、バスの出ていた石巻もGWは受け入れ中断ということもあり、バスツアーを選択。

 震災当時の映像をたくさん見ているせいか、1月半たった被災現場はある程度片づいていました。
 水が退いているので、その面でも石巻などよりはましとのことでした。
 がれきはかなり片づけられていました。
 (千葉県旭市よりははるかに範囲は広かったですが・・)

 でも、地面に船が乗り上げられたままになっていたり、ブイがあったり。
 田んぼの中には水がどっぷりでもありました。
 
 今回のボランティアは、10人一組になって個人宅におじゃまし、ご用伺いをするというもの。
 海岸から4㎞くらいの所にあるお宅を回って、お声をおかけします。
 1軒目、2軒目は床下の泥をとってほしいとのリクエスト・・・これは市で対応することになっているのでお断りして(床をはがすこともできないので、このリクエストは断るように言われていました)、3軒目へ。

 そこで頼まれたのは、玄関横のジャリの隙間のどろかき。
 その隙間には3~4センチくらいのどろが。
 どろといっても、海水が混じりとてもにおいますし、粘着力があります。
 こんなどろに触れるのは初めてでした。
 これをはがさないと家はくさいまま。絶対にはがさねばなりません。
 これを10人でやって1時間半・・・・

 その後、同じお宅のお庭のどろかき。
 庭全体がどろに覆われていました。厚さ5センチはあります。

 海岸から4㎞も離れているのに、床上浸水1.2メートル。
 家の中も泥だらけだったそうです。
 おうちの奥さんがおっしゃるに、津波の巻き込みがちょうどここで行われたから被害がすごかったみたい、とのこと。
 この奥さんは石巻に働きにいっていて石巻で被災したそう。
 当然石巻で車もなくなった・・・命があるだけまだよかったと言っておられました。
 こっちの車もなくなり、1階にあったものは全部流されて何もなくなった、でも保険は半壊しかでないし・・・と嘆いておられました。
 今も避難所暮らしで、朝ご飯・・・おむすびかパン、をもらい、家に戻り掃除をして、昼は自分でなんとかして、夜は避難所に戻りお弁当(毎日中身はほとんどいっしょだとか)を食べるそうです。
 お風呂も数日に1回連れて行ってもらえるそうですが、毎日どろかきをしてすぐ身体がくさくなるだろうに・・・
 
 そうして庭掃除はじめて2時間。ようやく半分どろがとれたところで時間が来ました。
 土嚢袋にどれくらいだろう・・60~70くらい?
 どんなにがんばっても、これくらいが限度です。
 参加する誰もが笑顔で、大きな声で挨拶し、みんなで協力しあって作業。本当にさわやか。
 休むことなく、作業は続けられました。

 私・・恥ずかしながら虫は大の苦手。
 でも、ここではそんなこといってられない状況で、あたりまえのように逃げずに作業しました。
 (普段じゃあり得ない・・)

 学んだこと。
 
 被災地は確実に片づけられています。
 見た目だけで行けば、更地になり、家も掃除され、不要なものは捨てられて。
 でも、庭掃除・・・私たち10人が3時間半超かけて半分しかできないものを中年以上の夫婦2人で掃除をしたらどれだけかかるのでしょうか?
 その間にまた雨が降ったり乾燥したり・・・どんどんくさく、状況は悪化していく。
 片づけられていく一方で、個人でやらなくてはならなことは、実はおもったほど進んでいないのです。
 
 それを解決するのは、やっぱり人です。
 インターネットが進んでも、機械でいろいろなことができるようになっても、人でしか解決できないことがある。

 公的機関でも民間機関でも埋められない何かがある。 
 今回の場合は、それをボランティアやNPOの活動が埋めている。
 たくさんのボランティア希望者がいても、それでも受け入れ側の事情もあり思うように進まない現状もあるけど。
 でも、忘れちゃいけない。人でしか解決できないことがあることを。

 正直に言います。
 私はボランティアをしようと思って東松島に行ったのではありません。
 現場に行かなければ自分が何をしたいのか、何ができるのかわからないと思ったから。
 現地を感じようと思ったからです。

 でも。
 実際に行って一番感じたことは、人がいるからこそできることがあるということ。
 自分がしたいことは、人がいるからこそできることに繋がっていることが大切なんだということ。
 
 行政でも民間でもできない隙間。
 これはまさにボランティアやNPOなどが間違いなく担っている。
 このボランティア、細々でもたまにでも続けようと思った。
 
 そして、行政でも民間でもできない隙間・・・ボランティア以外のものもあるのか、自分でも動いてみようと思った。
 
 東松島のみなさん、一緒に活動してくれた仲間達、ありがとうございました。

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東北に行く理由。

 遅ればせながら東北・東松島に行ってきます。
 後半は福島に行く予定です。
 
 職場ではたくさんの人が現地でニーズ調査だったり支援活動の第一歩をはじめています。
 話をきけばきくほど現地にいこうと思い続けてきました。
 
 千葉県最大の被害地である旭市に先日いって泊まってきました。
 津波の傷跡の深さともう平地になった海岸沿い。
 たくさんのがれきや流されたものの山が何百メートルにもわたり積み上げられた浜辺。
 その中にいたコアラのぬいぐるみ。下を向いて寝ていました。

 それをみて、何を考え、何を動いていいのか、正直わからなかった。

 みんな、何かをしようと思っている。
 何ができることなのかと、みんな考えている。

 私にも、それはわからないまま。

 職場では、当然のことながら全力で震災復興支援。(私の部署はあまり関係ないのでどうからもうか思案)
 早稲田大学の内田ゼミでも、WSJPというプロジェクトで復興支援をしようということで活動をはじめつつある。

 でも、うまくいえないけど、その前に、環境を与えられる前にGWがある。
 現場に行ける時間がある。
 そう思った。
 
 これまで、ずっと社会に役立つ人間になりたいと恥ずかしげもなく言い続けてきた。
 でも、今みたいな時になってみると、どううごいていいかやっぱりわからなかった。
 
 現場にいかなければ、なにもみえてこない。
 わかったことはそれだけ。

 なので、ボランティアバスツアーに参加して、現場に行ってきます。
 ボランティアをしたいというのもありますが、むしろ現場を知るにあたり一番迷惑にならないと思ったから

 最近はいろいろなことがあるんだけど、ブログに落とし込むパワーも思いに欠けていたのですが、でも今日は行く前に書こうと思いました。
 
 なにもできないけど、何ができるのか考えるためにもスコップ持って行ってきます。 
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仕事で「大変」の意味。

 友達から、「本格的冬眠に入ったらアグレッシブじゃないよ」と言われることしばしば。
 ブログの更新を怠っていましたので・・・
 ツイッターやFacebookではつぶやいていたよ・・・と言いたいところですが、こっちも若干頻度が減っていて、後輩から「だえみさんつぶやかないけどだいじょうぶですか?」と遠くサウジアラビアからメールをいただくような状況で。
 
 ごめんなさい。
 大丈夫です。

 2月から3月後半近くまでは殺人的に忙しかったのです。
 海外調査PJの準備をしたり、自分が主催する会議の準備だったり、その他諸々。
 3年前にこの部署に来たときは、一番の下っ端で(うちの部署は企画系なので当時は上の人が多い部署でした)、副部長に先輩に自分の3人で業務をしていたのに、いつの間にか真ん中(副部長ー自分ー主任)になり、その次には諸事情により2人体制(私ー主任)になり、今は実質1人に。
 諸事情の連続で、誰のせいでもないぞ・・・なのでいやとかそういうのはないですが、大変ではありました。
 
 大変、の意味ですが、1つはやることが多いと言うこと。
 会議室の物理的準備や配布物の準備、司会、メモ取り、議事録作成まですべて自分がやる・・・上の人との会議をこんな銚子でやっていたので、時間はかかるし、どうしても内容も粗くなる。自分の考えを他の人と議論して磨くシーンもどうしても減ってしまい、本当に薄氷を踏むような思いでなんとかクリアしてきました。
 ま、でもこれは皆さんもっと大変な状況を経験し乗り越えてこられているのでしょうから、これはたいしたことがないと思います。

 判断や責任はぐっと増えましたし、自分の判断が現場事務所(のトップ)の評価や動きに直結するのでいろいろな配慮と決断、調整などを磨くいい機会にもなっているので、上がいないのは大変だけどありがたいという方が強いかもしれません。

 一番大変なのは、ひとり、なこと。
 仕事が殺人的につらいときも、ひとり。
 仕事が平時の時も、平時なのは、ひとり。

 同じフロアで見えるところに40人位の人がいて、おおげさでなく自分1人が毛色の違う仕事をしているというのは、仕事柄仕方ないとはいえ、今組織で何が起こっているか、どういうアクションをとっていくのかわかっている立場にいるものとしては、ちょっときつい。

 浜松時代、行ったときに知り合いがいない、同じ職場の人がいない、同じ仕事をする人がいない、全てひとりできめて行動するというミッションだったときもきつかったけど、同じひとりといっても、今のひとり、は全然違う。
 
 まだまだ弱いんだなあ・・・ 
 自分の弱さを反省しつつ、今後のアクションに向けてがんばります~

 ※次の行動に向けて動くためにも、だめな期間のことを備忘録として記載しました。失礼しました。

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仕事で痛みを感じるとき。

 仕事でベストな選択を選べなかったと反省することはよくあること。
 毎日といってもいい位・・・(なさけない)
 でも、走りながら考えて対応していることも多いので、どこかで自分のなかでココまでは大丈夫という線を引いて対応している。

 悔しいこともある。
 自分の中で譲れないと思ってあげたことは、相手に伝わらなかったとき。
 そういうときは悲しいと感じることもあるなあ。
 自分が目指していたものまでたどり着けなかったときも、やっぱり悔しい。

 もちろん怒られることもたくさんある。
 怒られたときは情けなく、悔しくなる。

 反省、情けない、悔しい、悲しい・・・こういう前向きじゃない感情(もちろん、おきあがりこぼしの私は、すぐに立ち直ってしまうんだけど)は、日々の中でまあまあある。

 でも、「痛い」っていう感覚。
 仕事の場では、仕事の人との間では実はめったにない。

 自分でも王道じゃない、一般的なビジネスルールではないと知りつつも許される行動の線引き。
 その許されると思う理由は、相手のキャパへの期待であり、自分のキャラでもあり。
 一言で言えば、過度なほど性善説の私は、きちんと伝えれば大概のことは許される・受け入れてもらえると思いこんでいる。
 そして、誤解をおそれずにいえば、許されてほしいと思うし、その方が仕事も人間関係もうまくいくとおもっている。 
 これは自分が人と接するとき、仕事をする際においても、自分のスタイルとして明確にもっているもの。

 これは裏を返すと、礼儀とか配慮とかそういう点からいうとあきらかに足りないだろうし、失礼だと思う人がたくさんいると思う。
 失礼かも知れないけど、きちんと伝えれば思いが共有できれば許されることってあるんじゃないかと私は勝手に思いこんでいる、信じている。
 ・・・結果を残して、メンバーが笑顔でよりいられるのなら、迷惑をかけない範囲での礼儀の欠如は、仁義をきればいい、私はそう思って社会人生活を送ってきた。

 この考え方、これまで2回ほど上司から厳しく指摘されたことがある。
 その時、やっぱり痛い、と思った。
 悔しいとか反省とか、悲しい、とは違う。
 痛い、としか言えない感覚。
 ・・・痛いと感じ、謙虚さを増やして、でも自分の感覚は捨てられなかった。
 そして、そのスタイルが認められたのか、あきらめられたのか、近年はまったく指摘されなくなっていた。

 数日前、指摘してくれた人は上司ではなく、仕事で最近接点のある先輩。
 仕事はとてもできるし、バランス感がよく、みんなから頼られています。そして、一番はやっぱりとことん性善説なとこがいいなーって思っていた。
 その先輩に、痛いことをいわれた。
 かなりストレートに。

 私のことをよくご存じなかたは、私が一投目は打たれ弱いのを知っていると思いますが・・
 あまりの不意打ちストレートにやられたわけで。
 正しい、正しい・・・・でも許されないことなのだろうか?頭でいろいろ考えてしまってその晩はよく眠れず。
 ずーっとこの痛みと向き合っていました。

 それで。
 まずは先輩に感謝。
 やっぱりもう一度謙虚さと配慮を考え、行動に反映する。
 その上で、自分のスタイルを信じる。

 だらだら?とブログに書いて、結論はたいしたことないのですが、「痛い」という滅多にない不思議な感覚をわすれないようにすべく書きました。
 
 そしてもう一つ、忘れないようとりあえず髪を切ってみた。
 気づく人はそんなにいないかもしれないけど、自分的には10年ぶり位の長さ。
 
 ここから、また自分のスタイルを作っていこう。

 
 
  
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「だえみスタイル」

 今、自分はいくつかのプロジェクトに参加している。

 仕事なら、本来業務のなかでもそうだし、兼務で人事がらみのプロジェクトにも参加。
 最近は、中国に関する調査事業のプロジェクトもやっている(この話はまた)。

 仕事以外でも、仕込み中のものもあるし、仕事以外の時間に自分のスキルを使ってお手伝いをすこーしさせて頂いているものもある。
 
 そう考えると、たくさんのプロジェクト・・・いやプロジェクトなんてかっこいい言葉じゃくても、いろいろな集団の中に自分はいる。  
 そして、そのいくつかでは自分はリーダーだったりもする。

 一方、私は極度な人見知り。
 信じられないと、ほとんどの人はいうけど、本当に極度な人見知り。
 たくさんの中で人と会話をするのは苦手。
 相手が何を求めているのかわからないのに、そこで自分を押しつけるのがいやだから。
 いや、正直に言えば自分が受け入れられないのが恐いから・・・だと思う。
 
 でも、人は大好き。
 だからたくさんの集団に属することも楽しい、がんばりたいと素直に思える。

 ま、そんなかんじなので、最近新たに属したいくつかのプロジェクトにおいて、自分が勝手に苦労している。

 スロースターターなのよね。
 がんばっている部分は、多分空回りで、人見知りの部分で及び腰になってしまう・・かんじかな。

 で、以前内田先生にいわれた言葉が「だえみスタイル」。
 これは仕事の話だったのですが、半年位かけてじっくりと「だえみスタイル」を作ればいいと言われました。
 この仕事、ちょうど半年が近づいてきました。
 ・・・なにをもって「だえみスタイル」というのかわからないけど、でも自分なりにその仕事でスタイルは作れて伝わっている気がする。

 「だえみスタイル」。
 そのスタイルを押しつけると言うことではなく、なんとなくそういうスタイルが、ふんわりとみんなで勧めていくプロジェクトにしみいり、いい形で進められる・・・そういうものになっていけばいいなと思う。

 今、このだえみスタイルをこれから4ヶ月弱でしみいらせ、成果をださなくてはいけないものがあります。
 ほとんどはじめてのメンバーとやるむずかしさ。
 なかなか難易度高いんだけど・・・がんばります。

 その時のKeyは・・・信頼。
 仲間達への、相手への、そして自分への。

 だえみスタイルを自分自身で受け入れられる=信じられるよう、進化させていきたいです?

 てん、みててね?!(って、寝てるか・・・)
 
      てん__

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